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神戸地方裁判所 昭和60年(ワ)1606号 判決

原告

共栄火災海上保険相互会社

右代表者代表取締役

行徳克己

右訴訟代理人弁護士

岡本耕二

今口裕行

被告

山本繁幸

主文

一  被告と原告との間の別紙目録記載の自動車保険契約は、昭和六〇年六月一日原告の解除によりその効力を失つたことを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、火災、海上、運送、自動車等各種の損害保険事業を営む相互会社であるところ、昭和六〇年三月一一日、原告を保険者とし被告を保険契約者とする別紙目録記載の自動車保険契約(以下本件契約という)を締結した。

2  その際被告は原告に対し、商法第六四四条及びこれに基づく自家用自動車保険約款第六章一般条項第三条により重要な事項につき告知すべき義務(以下告知義務という)を負つている。しかしながら被告は、本件契約以前に日産火災海上保険株式会社との間に昭和五八年九月四日から昭和五九年九月四日までを保険期間とする本件契約と同種の自動車保険契約を締結していたことかつ右保険期間内である昭和五八年一二月二七日及び昭和五九年三月一六日の二度にわたつて発生した交通事故により右保険契約にもとづく保険金を受領していたにもかかわらず、この事実を告げることなく本件契約を締結するに至つた。

3  原告が本件契約を締結するにあたり、被告が以前に同種の保険契約を有していたかどうか、そしてそれによる保険金を受領したかどうかは、契約締結の可否及びその条件を決定する上で最も重要な事項に属している。しかし被告は、前項に述べたとおりこれら自ら熟知している事実であるにもかかわらず悪意あるいは重大な過失によつて原告に対し告知しなかつたものである。

4  原告は、昭和六〇年五月一七日、第二項に述べた被告が以前に自動車保険契約を締結していたこと及びこれによる保険金受領の事実を知り、昭和六〇年六月一日、被告に到達した書面によつて被告の告知義務違反を理由として本件契約を解除した。

5  しかし被告は前項原告の解除の効力を争い、本件契約が有効に存続していることを主張しており、これをめぐつて原告被告間に紛争が生じている。よつて本訴に及ぶものである。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実中、被告が原告主張の交通事故により保険金を受領していた点は認めるが、その余の点は否認する。

3  同3項の事実は争う

4  同第4項の事実は認めるが、契約解除の効力は争う。

三  被告の主張

被告は、昭和六〇年三月七日原告の保険代理店に従事する前田憲志に対し、原告主張の告知事項を告知している。

四  右主張に対する認否

否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

二〈証拠〉を総合すれば、1 原告は自動車保険契約に際し、保険契約者に対し、前契約における保険金請求の有無について告知すべき義務を課していること、2 原告が昭和六〇年三月一八日ごろ原告の住吉保険代理店(有限会社兵神自動車工作所)から送付を受けた、被告名義の本件自動車保険申込書付属告知書(甲第二号証)には、前契約において保険金の支払を受けたり請求をしたことがない旨の記載がされていること、3 しかし、被告は、本件契約以前の昭和五七年九月三日、日産火災海上保険株式会社(以下、単に日産火災という)の保険代理店六甲自動車に対し本件契約と同種の保険契約を申し込んで日産火災との間に保険契約を締結し、同契約が一回更新して同五九年九月四日まで継続しているものであつて、その継続期間中、別表①ないし⑤記載のとおり事故歴及び保険金受領ないし請求をしている事実があること、4 右事故歴はすべて被告所有車両の運転側に多かれ少かれ過失があり、日産火災は、同五九年九月四日の保険期間終了後、被告に対して、事故歴を理由として保険契約の継続を拒否していること、5 原告は、右2項の書類受理後調査して同六〇年五月一五日ごろ、右3項の事実を知つたこと、以上の各事実が認められ、原告が同年六月一日被告到達の書面をもつて被告に対し、被告の告知義務違反を理由として本件契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

三そこで、被告に告知義務違反があつたかどうかについて判断する。

1  〈証拠〉を総合すれば、(一) 前記のとおり原告の住吉保険代理店は、有限会社兵神自動車工作所であり、保険代理業務は同会社の代表取締役である前田勝がたずさわつていたこと、(二) 被告は、昭和六〇年三月一一日午前一〇時ごろ突然、同会社事務所に赴いて、同事務所に居合せた勝の子であり、同会社の従業員である前田憲志(昭和三〇年四月一六日生)に対し、本件契約を申し込んだこと、(三) 右憲志は、その当時、保険代理業務に不慣れであつたが、被告が近所に住み、また中学、高校時代共に遊んだことがあつたので、気易く右申し込みに応じ、その場で対人賠償八〇〇〇万円、自損事故一四〇〇万円、対物賠償二〇〇万円、搭乗者傷害五〇〇万円、保険料一一万五〇二〇円とする内容の本件契約申し込みを受け付けたこと、(四) 右憲志は顧客へのサービスの積りで自動車保険契約申込書及び同付属告知書の作成を署名まで含めて代行することとし、被告も暗黙のうちにこれを了解したこと、(五) そこで右憲志は、その場で被告から、被保険自動車の用途、同車の登録番号、車台番号、車名、形式、仕様、初度登録年月日、被告の総付台数など危険測定に関係のある事項を聞いたこと、(六) 右憲志は、その場で被告に対し前契約における保険金請求の有無について質問をしなかつたものの、被告から「女の人と家出しているため、一年か半年位いは車に乗つていない」と聞かされており、そこで右憲志は、被告が前記会社事務所から帰つたあと、本件自動車保険契約申込書(甲第一号証)、同付属告知書(甲第二号証)に、前契約における保険金請求の事実がないなど所定事項を書き込み、被告署名欄に被告の署名を代行してこれを作成したこと、(七) 憲志の家族は、同日夕刻被告の実弟らしい人からその持参した「山本」と刻んだ印章を預り、右甲第一、二号証の被告名下に捺印したうえ、同人にこれを返還したこと、(八) 被告はその後、前記会社事務所に保険料を支払い、また、前記会社は同月一八日ごろ原告に対し、甲第一、二号証を送付したことが認められる。なお、被告本人の供述中、被告が右憲志に対し、前歴の事故の一部を話したとの部分は、証人前田憲志の証言と対比して措信できない。

自動車保険契約の申し込みは、一般の契約のそれと異なり、必ずや同申込書などの書類が作成されることによつて成立するものであることは公知の事実であるところ、前記認定事実を総合すれば、被告は昭和六〇年三月一一日原告の住吉代理店に本件契約の申し込みをした際、同業務を取り扱つた同店の従業員前田憲志に対し、同申込書などの作成を代行させたものであるから、同人が被告に代行して作成した甲第一、二号証は真正に成立したものと推認すべく、同号各証並びに、前記二の2、3認定事実を総合すれば、被告において前示告知義務違反のあつたことが明らかである。

2  もつとも、前田憲志が甲第一、二号証の作成を代行するに当たり、被告に対し、前示告知事項の質問をしなかつたことは前述のとおりであり、右憲志において右の点の不注意があつたわけであるが、しかし、その場合でも、なお、被告には前示告知義務違反があつたというべきである。すなわち、

(一)  被告が原告の住吉保険代理店に対し、本件保険契約の申し込みをした昭和六〇年三月当時、任意自動車損害保険実務においては、その契約申込書などに、前契約における保険金請求の有無が危険測定の重要な事実として告知事項の対象となつていたのが一般的であり、現に、前記甲第六号証の一によれば、被告が昭和五七年九月三日、日産火災の保険代理店六甲自動車に対し、本件契約と同様の保険契約の申し込みをした際、その保険申込書には、前記保険金請求の有無が告知事項となつており、被告はこれを了知して右申し込みをしていることが認められる。

(二) 被告は、本件契約申し込み以前、前記二の3、4項認定のとおり五回にわたる事故歴があり、その事故のすべてに、多かれ少かれ被告側運転者の過失があつたし、被告は右事故によつて多額の保険金を受領しているものである。しかも、被告は、その当時加入していた日産火災から、右事故歴を理由に昭和五九年九月五日以降の保険契約更新を拒否されている。

(三)  前項記載の前契約における保険料受領ないし請求の事実は、その前歴事故の態様、数と相まつて危険測定が高く、証人前田憲志、同福田敏男の各証言をまつまでもなく、原告側が本件契約に当たりその事実を知つていたならば、本件契約を引き受けることがない重大な内容のものである。

(四)  証人福田敏男、同前田憲志の各証言によれば、福田敏男は原告担当者として本件実情調査をした際、日産火災担当者から「被告は、保険知識が豊富であつて、保険金の支払いをめぐるトラブルで日産火災は被告と何度か交渉をしている」旨の報告を受けているし、また前田憲志は、本件契約申し込みを受けて被告と応接した際、被告から一般人では知らないような保険金支払額等の説明を受けていたことが認められ、それらによれば、被告は、本件契約申し込み当時、普通の人よりも自動車保険の手続や実務に通暁していたものということができる。

(五)  前記1の(六)認定のとおり、被告は、本件保険契約の申し込みをした昭和六〇年三月一一日当時前田憲志に対し「一年か半年前から自動車に乗つていない」と話しているものであるところ、被告本人尋問によれば、被告は昭和五九年一二月ごろ被保険自動車を運転してスリップ事故を起していることが認められ、それによれば、被告が前田憲志に対して話した前記内容が虚偽であり、同人に対し前件事故を秘匿しようとする気持のあつたことがうかがわれる。

以上(一)ないし(五)の各認定事実を総合すれば、被告は、昭和六〇年三月一一日原告の住吉保険代理店に本件契約の申し込みをした際、同店従業員前田憲志から、前契約における保険金請求についての質問を受けなかつたとしても、その事項が本件契約申込書の告知事項であること及び①ないし⑤記載のとおり日産火災から保険金を受領したり、同火災に対しその請求をしていることを知りながら、右前田憲志が保険代理事務に精通していないのを奇貨とし、故意に、同人に対し、右保険金の受領ないし請求の事実を告げなかつたものと認めるのが相当である。これに反する被告本人の供述部分は措信しない。

以上1、2に述べたとおり、被告において告知義務違反があつたというべきである。

四そうすると、商法六四四条、成立に争いのない甲第五号証によつて認められる自家用自動車保険約款第六章一般条項第三条により、原告は被告に対し、本件契約を解除することができ、被告に対して昭和六〇年六月一日なした契約解除の意思表示は有効といわなければならない。

五よつて、原告の本訴請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官広岡保)

別紙目録〈省略〉

別表〈省略〉

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